わたしのフィリピン青年海外協力隊日誌

2018年11月~2020年11月の二年間、JICA海外青年協力隊、コミュニティ開発隊員としてサマール島に派遣。バセイ町役場農業課に勤務。地域のおばちゃんたちと生計向上プロジェクトに奮闘中。現地弁、ワライワライ語にも奮闘中。

1年経ってやっとフィリピンが好きになってきた話

今年もよろしくお願いします。今日はだんだんフィリピンが好きになってきた話。

述べたように、住む場所を変え、普段関わるコミュニティ(田舎文化)と一定の距離を持って、プライベートの時間を作れるようになってから私の人生楽しくなってきました。

毎日いらいらポイントばっかりだけど、フィリピンの良いところが見えるようになりました。

私が特にフィリピンの良いところと思うのは3つ、「人と人との近さ≒馴れ馴れしさ」「子供、LGTBQ、障害者、ちょっと変わった人?への寛大さ・偏見の無さ」「底抜けの明るさ」。国自体は、システム・インフラなど色々酷いところが多いが、この国は「人」が財産であると思う。

 

 

①人と人との近さ≒馴れ馴れしさ

年末日本に帰国した。前回帰国した時は日本の良いところが沢山見えたが、今回はフィリピンの良いところが見えた。

帰国した際、周りの知らない人とのどうでもいい小話が恋しくなった。特に乗り物に乗る時、ものを買うとき。こちらの生活で、どの移動手段(ジプニー、モルティキャブ、トライシクル、ペディキャブ、タクシー、ボートどれも!)を使用する時でも運転手や乗客、知らない誰かと会話をする。ジプニーの行き先を確認する時、「〇〇行きよね?」「そうだよ、ここに住んでるの?」とか、どこ出身?あんたのママピノイ(フィリピン人)でしょ?なんで日本で稼げるのにここに来たの?ワライ語しゃべれんじゃんどこで勉強したの?とか。「あんたピノアメリカンだろ?ママはピノイか?パパはアメリカンなんだろ?」ととんでもない適当な意見を貰ったり、自分はムスリムで妻と駆け落ちしてここマニラに来たと真面目話をして仲良くなってチョコもらったり(お菓子くれるシリーズはフィリピンだけじゃなく起こるけど)、チャーターしたことある運転手のおっちゃんと再会して近況報告しあったり、、と皆遠慮や迷惑とかの概念がなく、話してくる。しかも爆笑ストーリーばかりである。最初は正直まじでうざかったのだが、一緒にいる時間が短い彼らとの時間は興味深いこと・ウケることが沢山ある。これも彼らとは毎日一緒に過ごさないし、ある程度の距離があるからいいのだと思う。

日本でこの無駄トークの懐かしさを抱いたまま、年始大阪に行ったのだが、大阪はその点でとてもハートのある場所だと思った。駅のクッキーお土産やさんで若いお姉さんとの会話、「美味しいもなか売ってる場所ありますか?」「あ~~それ1階なのよ改札でないとだめなのよ残念ねえ~」、私はがっかりしてお土産場所を散策しきんつばを発見、お姉さんのもとに戻り「お姉さんきんつばならどこがおすすめですか?」「そこならあそこよ!!!絶対そこ!!!白の小豆味が一番だよ!」と、きんつば購入後お礼を言いに行こうとすると、お姉さんわたしにまた駆け寄ってきて「よかったね!!めっちゃ美味しいよ!」と満面の笑みでグーサインをくれた。友達に話すような距離の近さがとても心地よかった。大阪人最高!!!と思った。でもその後新幹線乗り込み、名古屋で乗換時、「自由席ここですよね?」と近くにいたおばちゃんに聞いたら、「?!?!ここ自由席って書いてあるよね?!?!」と逆ギレされて、お姉さんが温めてくれた心は一気に冷めてしまったが。普通に教えてくれればいいのに。

また、家族の観点からみると、妻や旦那がいてもいなくても祖父母いとこ叔父叔母など大家族で住み続けるフィリピン人の生活は、プライベートなんてひとつもなく、引きこもりなんて出来るはずがなく、強制的に人と話す機会がもたらされる。隣人や知らない人も勝手に入ってくる。私がこのプライベート無し空間に入るのは耐えられないが、家族との距離感や強制的に会話をしなきゃならずコミュ障になれないことや、引きこもったり鬱になったりする空間が少ないことは、先進国が忘れてしまいそうな、非常に貴重で素敵なことだと思う。

 

②子供、LGTBQ、障害者、ちょっと変わった人への寛大さ・偏見の無さ

子育てヘルプの多さ。頭数の多い家族メンバー、隣人、友人、皆が親のように子供を世話したり怒ったり褒めたり目を見張ってくれる。オフィスやジム、どこにでも子供を連れていける。

フィリピンはカトリックのくせしてLGTBQに寛大で有名な国のひとつだが、至る所に女装した男の子が歩いているし、任地の地方空港のトイレには、LGTBQトイレがあり、理解の進み具合の日本とのギャップに驚愕した。

近親婚が多いから?か障害を持つひとはよく目につくが、そんな人達への偏見もない。

以前、現地の窓なし小型バス(モルティキャブ)に乗っていた時、明らかにおかしいおばあちゃん、バスの中で運転手の代わりに「〇〇行きだよ!のりなのりな!!」と叫びまくってる、明らかに運転手兄ちゃんと知り合いではないおばあちゃんがいた。日本なら皆眉にしわを寄せ無言もしくはそのバスは避けるというところだが、ここではバスの乗客みな目を合わせてクスクス笑いだし(しかもバカにする感じじゃなくて楽しんでいる)、おばあちゃんの正面に座っていたお兄さんは「おばあちゃん何歳なの?どこに住んでるの?」とインタビューしまくり乗客皆で爆笑するという、小喜劇が繰り広げられた。私も向かいのおねえさんとめっちゃ笑った。運転手にいちゃんはやれやれ客集めの仕事が減ったぜ、というかんじだった。

フィリピンにもしょうもない酔っ払いじじいはいっぱいいるが、日本なら絶対無視されるおじさんにも、皆、あーこのおっさんおもろい!っていうスタイルで一緒にげらげら笑っている。

軽蔑や馬鹿にする態度の無く、こんな環境も楽しむスタイルにびっくりした。

 

 

③底抜けの明るさ

最近の話。前記事にも書いた台風Ursulaの後、1月に受益者のおばちゃんのもとに行った。「台風大丈夫だった?」と聞くと、「水浸しだったわよ~、クリスマスイブに台風来たからパーティーがおじゃんになっちゃったし。ちょっとSad and Boring Christmasだったかな」。ちなみにカトリックピノイにとってクリスマスは一年で一番大きいお祭りで、12月にはだいたいクリパを3回ほど(家族1回、村単位で1回、オフィスか組合単位で1回)やるし、なんなら1月にもクリパする。するとおばちゃんたち、「だから今年のクリスマスはMerry Christmasじゃなくて、Merry Bagyo(=現地語で台風)だわ!!!あはははははは(大爆笑)」・・・いやいやMerry Bagyoってこんな被害なのに不謹慎すぎだろ!と思ったが、このおばちゃんたちの明るさに腰が抜けた。

 

 

派遣最初の一年はフィリピン人くっそー!と毎日イライラポイントと出会って(今でもイライラはたくさんあるが)、「人」がこの国の強みだ、と言える日が来るなんて思っていなかった。ほんとびっくりである。

 

 

今回は以上!!